料理が気になる

スーパーで鯵を買ってきて、家で鯵のなめろうを作りながらブログを書いています。メニュー以前の問題として、なんだか自分で作ったほうがおいしく感じられる気がして(作ってくれてる人に失礼だけど、、)

丸一匹から捌くのは面倒だなと思って、初めて三枚卸のものを買ったのだけど、皮や背骨がついていて面倒なことには変わりなかった(当たり前か...)。面倒な作業をポッドキャストを聴きながら終えて、白米が炊けるのを待っています。

鯵のなめろうは、何度か彼の家で作ったことはあるけど、家で一人で作るのは初めて。皮が剝きづらかったりで少々四苦八苦しながらも、味付け等は簡単なのでちゃちゃっとできた。

最近は彼の家でとりしゃぶやすき焼きをしたけど、具を準備するのは私担当に。何度かやっていたおかげで、野菜を切るのに迷いがなくなり、ささっと素早くできるようになった。我ながら成長を感じた。。

今後も自分の家で料理をして、1こ1こ独力で作れるようにしていけたらいいな。

 

ちなみにメニューのレパートリー候補は

・鯵のなめろう

・いとより鯛丼

しらすとあみえび丼

・すき焼き

・ぶりしゃぶ

お好み焼

 

仕事

長い休み明け、仕事を振られる分量がまだ多くなくて、数年ぶりに心に余裕を持って働けている。上司が変わり、様々なタスクが効率的に行えるようになった。不安なことはMTGですぐに相談して解決できて、色々なことにやる気もでてきて、精神衛生的にも本当にいい。ふとこれまでの数年を振り返ると、何度もダメ出しされて本当に非効率に進めていて、無駄な時間を多く過ごしていたと、腹立たしい気持ちすら感じる。

 

そんな中、自分のこれまでの仕事を振り返っていると、「これは誰にも負けないな」という自信もある。そういう自信を持てるのは、この数年間のつらい日々があったからのような気もする。必死に網羅的に完璧に調べるのも、細かく表にまとめ上げるのも、時間をかけてやりきったからこそ、調べた領域(の全体像)は自分たちが1番詳しいと思えるのだと思う。

 

もっともっとやれることややりたいことがあるから、頑張っていきたいな。

と、本当に久しぶりに前向きな気持ちです。

 

 

トンネルにいた頃

22日前に下書きに入れていた記事を投稿する。

今はすっかり元気になって、1週間前まで手術を受けて寝込んでいたとは信じられないくらい。暗いトンネルも、抜けてしまえばすっかり苦しみがなくなり、苦しかったことさえ忘れてしまう。でも今振り返ると、この記事を書いていた時の苦しみを忘れてはいけないような気がして、投稿することにした。

2回目の手術の後はここに書いていた通り、痛みが伴ってさらにつらかったし、ちゃんと治るのか不安もあって、これまでの人生で一番不幸な時間だと思った。

今後もこの時感じていたように、今日よりも昨日がよかったと思うことがあるかもしれない。だから二度と戻らない今を大切にしないといけないと思った。

 

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今日は、終わらないトンネルになんか疲れちゃった気分。

昨日までは昨日が1番最悪と思ってたけど、今日はまたさらに最悪になって、昨日までのほうがまだ幸せだったじゃん!って思う。

昨日まで、メイクができないとか彼氏と旅行行けないとかで落ち込んでた。でもそういう些細なことが私個人の生活にとってはすごく重要で、メイクができないと気分が上がらないし、彼氏に会えないと寂しいし楽しみがない。そんなことで落ち込むなよ、って昨日までの自分に言うつもりもない。

今日再手術が決まって、さらに複雑な手術を行うことになった。退院までの日数は前回より短いけど、手術内容が侵襲性が高いので不安が大きい。この先の人生、私の身体大丈夫かな、ってちょっと思う。

でも唯一、仕事を思い悩むことなく休めていることは本当に有難いこと。仕事に対する悩みがないから、今仕事をしなくていい貴重な時間をどうにか楽しまないとと思える。

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自己啓発が気になる

今日はベルちゃんという人のYouTubeを見つけて、ずっと見てた。気持ちが明るくなる自己啓発/セルフケア系の人の発信大好き。

こうやって毎日明るく生きられるのいいなと思う反面、紹介されているセルフケアのTipsの大半は、私も自然に取り入れているものだったりして、そもそも意外と自分は小さいことで悩まないタイプなのかもしれないと思ったりする(あまり人と比べずに自分は自分だと思うタイプ。他人を見ていいなと思ったら、私もやろう!と思って行動することが多いからかもしれない。)そんなことに気づいて、自分で自分のご機嫌をとることを意識できているのはいいことだな、と改めて感じた。

「毎日明るく生きられるのがいいな」という意味は「自己表現できるのがいいな」と同義な感じがする。動画でいろんな人に考えをシェアして評価を受けていることに対する羨望。私も日々の考えをもっと整理して精緻にアウトプットできるようになりたいと思った。

今ようやく、軽く外に出掛けたりできるようになってきて、厳しい制限から少しだけ解き放たれたような気分。外を歩いたり外食ができる、今までの普通の日常がすごく幸せに感じた。今は早く洗顔とメイクをできるようになりたい。。

息抜き

先ほど近所の美容室に行ってきた。シャンプー&ブローをしてもらいに。

首より下のシャワーは可なんだけど、自分での洗髪はNGで、髪を洗う場合は美容室で洗ってもらわなくてはならない。ということで、以前目の病気を起こした時ぶり(約5年ぶり?)に近所の美容室に行った(髪ボサボサでも入りやすくて、気軽に行けるフレンドリーな場所。普段は通っておらず、こういう緊急事態にしか行っていなくて申し訳ないけど。。)

それでも、お久しぶりです!と暖かく迎え入れてくれて、数年前にしてたような海外旅行の話をして、数年前の自分に戻ったような気分になった。ああ、よく旅行行ってたし、よく美容室で旅行の思い出話してたな、と思い出して。懐かしい気持ちになった。

髪もサラサラになったし、気分爽快!

帰ってきてから少し書道をして先生に画像を送ってアドバイスをもらった。安静にしていないと上手く治らないかもしれないという恐怖があってなかなか心も休まらないけど、こういうちょっとした息抜きも大事だ。

モチベーションが気になる

皆さんはモチベーションを上げるためにしていることはありますか?

最近、未来リナさんという方をYouTubeで見つけて彼女の動画を見ている。未来リナさんは「ソウルノート」という自分と向き合うためのジャーナル作成を勧めるほか、ライフスタイルが豊かになるような習慣等をシェアしている。動画もお洒落で前向きな気分になれるのでおすすめ。

私は自分を見つめて書き出すということはこのブログを通じて行っているつもりだけど、過去の投稿を見返すこともあまりないし、テーマを体系立てて書いているわけではないので、ソウルノートを実践してみるのもありかなと思っている。(あとは月毎の目標を設定するとか、ソウルノートは書き出す項目がある程度定められているよう)

私がモチベーションを上げるために日々行なっていることは、自己啓発系のポッドキャストを聞いたりYouTubeを見たりすること。ポッドキャストは家からカフェや駅までの移動時間に聞くことをセットにしている。だからカフェまで15分くらいの距離があったとしても、その時間はポッドキャストを聴く貴重な時間。最近は外に出ていないので、ポッドキャストを聴く機会がめっきり減った。カフェまでポッドキャストを聴きながら歩くという日課の重要さを初めて認識している。

余談だけど、術後に朝昼晩と食後に2-3種類の目薬をしなくてはならない。今まで毎日欠かさず薬を飲んだりする経験が特になかったのだけど、(美容皮膚科の薬とか、もらっても三日坊主になってしまう)、目薬を毎食後にするという習慣をつけてから、毎食が生活の中の一つの区切りになり、食事を大切にするようになった。私はすぐお腹がいっぱいになってしまうので、ちょこちょこ小まめにご飯を食べたり間食をすることが多かったのだけど、それがなくなった。1食食べきったら目薬をさして、iPhoneのタイマーで5分測って、もう1種類の目薬をさす。この工程を加えることで、生活の中でご飯を食べることがこれまでより大きな基準になった。以前も習慣化セットの話を書いたことがあるが、習慣の副次的効果って重要だと思う。

自己肯定感が気になる

このブログを書くことが一種のエスケープの方法というか、落ち込まないようにするための心の支えになってる気がする。眼帯の粘着のせいで、洗顔もできずに肌がボロボロになって、メイクもスキンケアもできずにボロボロの顔を鏡で見ないようにして1週間過ごした。楽しみにしてたお花見もできずにこのまま桜が散っていってしまうんだろうな、と思って、みんなが春を謳歌してる土日は辛い気持ちになる(とはいっても、明日からも休みなので、月曜日の嫌な気持ちがないと思えばトントン、むしろプラスだとも思う)。 "自己肯定感"という言葉をいつからかよく目にするようになったけど、正直この言葉が嫌いだった。自己肯定感というものをいちいち考えたり自覚する必要がないと思っていたし、無理に上げるものでもないと思っていた。でもやっぱりここ数日落ち込んだり無力感を感じる時もあって(1日の中でも時間によって刻々と気持ちが変わる)、自己肯定感を感じられるものを必死に求めている自分がいることに気づいた。そのうちの1つはこのブログを書くこと。自分が感じたことを書き連ねるだけで気持ちが落ち着いたり、文章にしている間は無力感から逃避できる。2つ目はお習字のことを考えること。数日前までお習字に費やす時間を邪険に思うほど意味を見出せていなかったけど、振り返れば何か自分が対外的に記録として示せるものはお習字くらいしかない。となった時に、やっぱり自己表現をするライフワークとして今後も取り組んでいきたいという思いが強くなった。3つ目は英会話。今更ながらだが、単純に海外の人とコミュニケーションすることの楽しさを思い出している。毎日25分と時間が決まっていて、1つの習慣として自分の中で重要度高く認識して続けられている(といってもまだ3日笑。こういうのは1回でもパスしてしまうとそこから習慣が崩れる、、)。受講後の達成感で、今日もえらいぞ、と自分に言い聞かせられる。 こういう自己肯定感を感じられるものが何かを自分で認識して、(今はすごく些細な事柄だけど)それを積み上げていくことが大事だと思う。さらに、もっと他にできることはないかと考えていけたらいいな。 今は本当に現実の制限からのエスケープの一端でしかないんだけど、まあ、エスケープが必要な時期だからこそ、たぶん人生において重要なことを認識できたんだと信じて。この時間も無駄じゃないと思いたい。本当は今日みたいな天気のいい日にお花見したかった涙